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加藤和郎さんは元NHKのチーフディレクター 「あさま山荘事件」も担当しカンヌで受賞
はてなブックマークより引用すると加藤和郎さんは
1943年東京生まれ。1965年NHKに入局。 ラジオドラマなどの制作を経て、TVニュース取材ディレクター。 72年に起きた「あさま山荘事件」では、10日間のニュース映像と 強行救出10時間生中継映像とで構成したドキュメンタリーが、 カンヌ国際ルポルタージュコンクール審査員特別賞を受賞。
「ソウル五輪」「ウインブルドンテニス」も手がける
その後、朝の大型ニュース番組(現在の「おはよう日本」)を始め、 「選挙特番」「ゆく年くる年」などを総合演出。 88年衛星放送開始に伴い「ウインブルドンテニス」や「ソウル 五輪」などワールドスポーツ番組のチーフディレクター。
NHK衛星第一副編集長、衛星放送局編成チーフプロデューサー を経て、94年にNHK情報ネットワーク企画事業部担当部長。 「情報化メディア懇談会」を主宰して月刊『I-Media』を発行。 併せて「モンゴル国交樹立25周年ジャパンフェスティバル」 (ウランバートル)をはじめ、「カウントダウン2000ロックフェス ティバル」(ハウステンボス)や「自治消防55周年記念大会」 (東京ドーム)など大型イベントの構成・演出も手がけた。
ミス日本コンテストの審査員も
現在はNHK文化センターで「映像塾」を主宰するとともに、 ミス日本コンテスト・スーパーバイザー及び本部審査員、 JAAミュージカルアカデミー・スーパーバイザー、実践美学 フォーラム幹事、全国伝統的工芸品コンクール審査委員など を務める。
能楽など古典芸能の解説で舞台に立つことも多い。 加藤和郎さんはモンゴル国カラコルム大学から名誉博士号を 授与され客員教授。 加藤和郎さんの著書には 「ビデオの撮り方・楽しみ方」(日東書院)、 「Beginカメラの基本」(世界文化社)、 「創造する経営」(共著・日科技連) などがある。
宮中のご挨拶「こんにちは」は使うか?
正解は「使わない」 では、「こんばんは」は使うか? 正解は「使わない」 では、もう一つ「おはようございます」は使うか? 正解は「使う」
それでは、「こんにちは」や「こんばんは」の代わりに何と言うか? 「ごきげんよう」 なのだそうです。
東宮侍従の中島 宝城さんとFMで対談
福岡市のコミュニティFM局StyleFMの番組に「言葉の美容室」と いう番組の中で加藤 和郎さんがインタビュアーをしています。 その中で中島 宝城さんとの対談に宮中のお話が出てくるのです。
中島 宝城さんは東宮侍従、式部官、式部副長を歴任。 この間、歌会始の儀などの宮中の儀式と雅楽を担当し、 昭和天皇の大喪儀・大喪の礼、天皇陛下の即位の礼・大嘗祭、 皇太子殿下の立太子の礼・結婚式などの儀式を総括担当した。
加藤和郎さんと荒井久とメール交換中 偶然同じ列車「あずさ号」に乗っていた
もう一つ、不思議なめぐり会いをご紹介します。 以下は荒井 久のメールマガジンから転載です。
『心のネットワーク』
祖父が残した12枚の「戦争手記」 まさしくそれは、孫へのメッセージではあるまいか。
そして、不思議なことが起きた。 それぞれの心のネットワークが存在している気がしてならない。
話は、NHKを定年退職された加藤和郎さんに出した僕のメールから始まる。 加藤さんは退職と共に、名古屋学芸大学メディア造形学部の教授になられた。
長年に亘り、「情報化メディア懇談会」を主宰された加藤さん。 番組創りの現場を離れ、NHK情報ネットワークに所属した時のお仕事だ。 僕もそれに参加していた。 それが終わってから、もう1年以上が経つ。
だから、1年以上はお会いしていない。 それで、「孫メ」プロジェクトのメールをお出ししたのだった。
2日後、加藤さんからこんなメールが届いた。
返信が大幅に遅れて申し訳ありません。 北海道新冠町にあるレコード館が10周年を迎えたので、 記念シンポジウムとコンサートで、酒井政利、久保田早紀、 斉藤アンジュ玉藻(バッハのヴァイオリニスト)、 稀音家六綾(長唄・三味線)を連れて行っていました。
「孫へのメッセージ」は面白い企画ですね。 孫が祖父の青春時代を知りたいという想いで制作した学生の作品が 全国映像制作者協会のコンクールでグランプリになりました。
「確かにあった過去〜語らなかった祖父の物語〜」ですが、 タイトルがいいでしょう。 かつてあったからこそ「過去」ですが、確かにあったかどうかは 本人の周辺しか知らないわけですよね。
「確かにあった過去」で検索すると、 映像が見られますので覗いてみてください。 私は、これから3日までパソコン環境にありませんが、 携帯アドレスは生きています。 4日にはトリトンにおります。
ケータイ嫌いと言っていた加藤さん。 どういうことだろう。 「ケータイにメールくださいね」と伝えているようにも見える。
それしても「語らなかった祖父の物語」 早速に検索してみた。 あった。
解説にこうある。
祖父が残した12枚の「戦争手記」 を元に、当時のまま残る、主計兵として祖父が働いていた 建物や、同じ海兵団出身者の体験談、そして肉親の思い出話 などから、彼の歩みを辿り、当時の情景に思いを馳せながら、 時代と共に風化していく戦争の記憶を綴ったドキュメンタリー 映像。
作者を含め、若い世代の人間にとっては、まるで映画や小説 の中のように現実感のないものかもしれないが、当時の厳しい 現実や生死を分けた体験などは、ドキュメンタリーとして、 貴重な記録となろう。 制作:井上 莉沙(名古屋学芸大学)
63年を経て、風化されつつある「12枚の戦争手記」。 僕は、それを元にしたドキュメンタリー映像に引き込まれた。 孫である制作者の淡々としたナレーション。 祖父から孫へ、心のネットワークがつながっている気がした。 グランプリも当然だ。
多種多様な経験を積まれた加藤さん。 他に話が弾むかも知れない。 どうやらお会いできそうだ。
あくる日、僕は長野県茅野市に向かわねばならなかった。 新宿に着いた僕は5分後に発車する特急「あずさ号」を見つけて、 特急券も買わずに飛び乗った。
ふう。 そこで、僕はご指定のケータイアドレスにメールを差し上げた。
加藤さん、ありがとうございます。 それでは、4日の朝10時とかにお邪魔できないでしょうか。 それと、加藤さんからいただいたメールを、 僕のメルマガなどに実名で公表してよろしいでしょうか。
なんと、すぐに返信が届いた。
4日は11時から夕方までトリトンにいる予定ですが、 新宿で10時でもいいですよ。 トリトンは通訳翻訳会社に居候ですので、 何か縁が生まれるかも知れません。 僕のメールは公開されても、後悔するものではありません。
相変わらずの加藤さんの駄洒落だ。 公開されても後悔しないか。 タイトルも「公開先に立たず」となっていた。
早速にありがとうございます。 トリトンに11時でもよろしいでしょうか。 駄洒落の誘いにも乗れずに、そう返信した。
お待ちしています。加藤
伺います。 中央線のあずさ号で、勝沼の辺りを通過中です。 梅は咲いているものの、まだ、冬景色です。
駄洒落に対抗できない僕は、ちょっとした風情を伝えた。
偶然ですね。 今、甲府発車でしょう。 6号車4番です。 小渕沢までです。
思わず僕は、車両の入り口を見た。 3号車だった。 慌てて駆けつけたのは言うまでもない。
なんという偶然。 まるでドラマみたいだけど。 こんな演出、加藤さんはしないだろう。 それにしても、現実にこんな偶然が起きた。 話が弾み、再会を約束して。 特急「あずさ号」は、小淵沢駅に滑り込んだ。
わずか10分のミーティング。 ここにも、心のネットワークがつながっていたのだろうか。
ぜひ、ご覧下さい。13分の貴重なドキュメンタリーです。
「確かにあった過去 〜語らなかった祖父の物語〜」
テーマ:「孫へのメッセージ」 - ジャンル:小説・文学
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