「60歳からのおとな専科」 夢をつなごう「孫へのメッセージ」
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藤原忠彦さん
自衛隊のイラク活動は違憲

昨日(4月17日)、自衛隊のイラク活動が違憲だと名古屋高裁が判断した。
国民感情は大半が違憲だが、国際貢献上やむなしと考えているに違いない。
憲法第九条の解釈は拡大解釈の歴史であったことは紛れもない事実だ。

「法」とは何か?
一般的には「社会規範」であり遵守しなければならないものだ。
では、戦時中の「法」や「命令」はどうだったのか。
「極東裁判」は「法」的にはどうだったのか。
今日は軍の命令に背いて「種の根絶」を救った感動の物語をご紹介しよう。



「川上犬と川上村を愛して」

長野県の山梨県に近い山間の村、南佐久郡川上村。
今や、高原野菜の出荷ナンバーワンとして有名だが。

日本一標高が高いところを走る小海線が開通するまでは、
佐久平とも断絶に近い、厳しい生活環境であった。

冬場にはマイナス25度Cにも気温は下がる。
昔は、栽培物といえば蕎麦ぐらい。
寒村であった。

そこには地犬と呼ばれる川上犬がいた。
その祖先は、狼ではという説もある。
孤立した環境ゆえに交配も進まなかった。

この川上犬。
人間には絶対的な服従をする一方で、
勇猛果敢な猟犬である。
時には、巨大な熊にも襲い掛かる。

後に長野県の天然記念物に。
そして、国の天然記念物にも指定された。


軍の命令「川上犬を殺せ」

ところが。
終戦間際には、こんな悲しいこともあった。
人間と同じものを食べる犬は駆除せよ、と国からの命令。
それほど、日本の食糧事情は悪くなっていた。

川上犬も例外ではなく、虐殺に遭うことに。
残酷を強いる日本人だった。

なんとか、この「つがい」だけは残したい。
現・川上村村長藤原忠彦さんの父、藤原武重さんは考えた。
そして、目立たない隣村の知人宅に預けたのだった。

「川上犬が絶滅」
まもなく掲載された新聞記事に、その知人は衝撃を受ける。
「なんとか、このつがいだけは守らねばならない」
「命をつなげなくてはならない」


奇跡は起きた、種はつながった

戦後しばらくして、その知人宅を訪ねた藤原さん。
感激で涙が止まらなかったに違いない。

10匹の川上犬が出迎えてくれたからだ。

「種」は残った。

それから、川上犬の保存活動が始まる。
今や、300匹以上を数えるまでに増えたが。
まだまだ、純粋犬としては最も少ない「種」だ。

現在、川上犬の保存会長も務める、藤原忠彦川上村村長。
藤原忠彦さんは村長として6期目。
すでに20年以上も村長職にある。

この間に。
寒村を農家1戸当たり、年収2000万円を達成する、
豊かな村に育て上げた。

こんな藤原忠彦さんも今。
「孫へのメッセージ」を執筆中だ。

(メールマガジン「孫へのメッセージ」の中から
荒井 久「川上犬と川上村を愛して」の転載です。)



藤原忠彦さんは村興しの名経営者

「村づくりは人づくり」が信条という藤原忠彦村長は名経営者ぶりを次々と発揮、
レタス・白菜・長いも・いちごなどの高原野菜を生産
『川上村レタス』のブランド化
高原野菜輸出プロジェクト
人手不足は中国人研修生の受け入れ、
中国人研修生のために上海TVの視聴を実現、
など独創性豊かなプロジェクトを実施して成果を上げている。



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「孫へのメッセージ」の執筆者は、いわば戦後日本の復興に力を注いできた
60代、70代、80代のシニア層が対象です。
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詳しくはHP
「孫へのメッセージ」


ティータイム

タモリ倶楽部 2007/10/06
オープン間近の鉄道博物館へ行く その3




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